事業譲渡を検討する経営者の多くが、「従業員の雇用は守られるのか」「待遇や退職金はどうなるのか」といった疑問を抱えています。
事業譲渡が実施される場合、従業員の雇用契約は自動的に譲受企業へ引き継がれるわけではありません。
従業員一人ひとりが譲受企業と新たに雇用契約を結び、本人の同意がなければ転籍は成立しない点が重要です。
また、給与や福利厚生、退職金の取り扱いも新会社の条件次第で変動するため、従業員の不安や混乱を招くことがあります。
事業譲渡によって、従業員にとってはキャリアアップや待遇改善のチャンスが生まれる一方、雇用の安定性や労働条件の悪化などリスクも伴います。
今回は、「事業譲渡で従業員が受けるメリット・デメリット」や「事業譲渡時に従業員とのトラブルを防ぐための対策」について紹介していきます。
監修者

代表理事
小野 俊法
経歴
慶應義塾大学 経済学部 卒業
一兆円以上を運用する不動産ファンド運用会社にて1人で約400億円程度の運用を担い独立、海外にてファンドマネジメント・セキュリティプリンティング会社を設立(後に2社売却)。
その後M&Aアドバイザリー業務経験を経てバイアウトファンドであるACAに入社。
その後スピンアウトした会社含めファンドでの中小企業投資及び個人の中小企業投資延べ16年程度を経てマラトンキャピタルパートナーズ㈱を設立、中小企業の事業承継に係る投資を行っている。
投資の現場経験やM&Aアドバイザー経営者との関わりの中で、プロ経営者を輩出する仕組みの必要性を感じ、当協会設立に至る。
事業譲渡とは?

事業譲渡は、会社が有する事業の一部または全部を他の会社に譲渡することを指します。
事業の売却によって経営の立て直しや資金確保ができるため、経営者にとって重要な選択肢です。
たとえば、製造業の会社で利益が出ていない部門を他社に譲渡し、残った部門に集中するケースがあります。
また、後継者がいない経営者が事業を第三者に譲ることで、従業員の雇用や取引先との関係を守ることもできます。
事業譲渡は会社の一部や全部を他社に売る方法で、経営改善や事業継続のために役立つ手段です。
事業譲渡と従業員の関係
事業譲渡が行われると、従業員の雇用契約は自動的に新しい会社へ引き継がれません。
理由として、事業譲渡は会社ごとではなく、事業の一部や全部を売却する仕組みだからです。
そのため、従業員は新しい会社と雇用契約を結び直す必要が出てきます。
今まで働いてきた職場が事業譲渡された場合、今後も同じ仕事を続けたいと考えても、新しい会社と話し合いをして雇用条件に納得できれば転籍できます。
納得できない場合は、転籍を断ることもできます。また、待遇や退職金なども新しい会社との契約内容によって変わることがあります。
事業譲渡で従業員が受けるメリット・デメリット
事業譲渡で従業員が受けるメリット・デメリットは、譲受企業の方針や規模、経営状況によって大きく異なります。
「雇用が守られやすい」とされる一方で、譲受企業が必ずしも全従業員を引き継ぐとは限らず、労働条件も変動するため、「雇用が不安定になる」リスクもゼロではありません。
また、職場環境や人間関係も、譲受企業の文化や既存社員との相性によって大きく左右されます。
したがって、事業譲渡のメリット・デメリットは一概に断定できず、「譲受企業による」という点を十分に認識しておくことが重要です。
メリット
事業譲渡で従業員が受けるメリットは、以下の通りです。
メリット | 詳細 |
---|---|
雇用が守られやすい | 事業自体が存続するため、倒産や廃業よりも雇用が維持される傾向がある。 |
給与や福利厚生が改善される場合がある | 譲受企業が大手や待遇の良い会社の場合、給与・福利厚生が向上することがある。 |
キャリアアップやスキルアップの機会が増える | 新会社での研修制度や多様な仕事に挑戦できる可能性が広がる。 |
職場環境や人間関係が改善することがある | 譲受企業の社風や人間関係が合えば、働きやすさが増す場合がある。 |
大手グループの一員となり社会的信用が高まる | 信用力の高い企業グループに加わることで、社会的評価が向上することがある。 |
具体例を挙げると、給与や福利厚生が前より良くなるケースが多いです。
大きな会社に移ると、グループ全体の社員として働けるようになり、社会的な信用も高まります。
新しい職場では研修やスキルアップのチャンスも増えます。さらに、今までよりも多様な仕事や役割に挑戦できる場が広がります。
デメリット
事業譲渡で従業員が受けるデメリットは、以下の通りです。
デメリット | 説明 |
---|---|
雇用が不安定になる場合がある | 一度退職扱いとなり、譲受企業と新たに雇用契約を結ぶ必要があり、雇用の安定性が損なわれることがある。 |
労働条件や給与、退職金の内容が悪化する場合がある | 譲受企業の方針によっては、現状より不利な条件となるケースがある。 |
勤務地や部署が変わることによるストレス | 配属先や勤務地が変更となり、引っ越しや新たな人間関係の構築が必要になる場合がある。 |
企業文化や経営方針の違いによる戸惑い | 新しい企業の文化や方針が合わず、働きづらさやモチベーション低下につながることがある。 |
慣れ親しんだ職場や仲間と離れることによる孤独感 | これまでの人間関係がリセットされ、孤独や不安を感じる場合がある。 |
事業譲渡により、従業員は一度退職扱いとなり、新しい会社への転籍が必要になります。
雇用関係が一旦終了することで、従業員の立場は不安定になる可能性があります。
事業譲渡は従業員にとって大きな環境変化をもたらし、雇用や待遇面で様々な不利益を被る可能性もあります。
事業譲渡による従業員の雇用契約の取り扱い
事業譲渡が行われる際には、従業員は譲受企業と新たに雇用契約を結ぶ必要がありますが、必ずしも自動的に転籍になるわけではありません。
事業譲渡では会社の一部が他社へ移るため、働く場所や条件が変わることがあります。
従業員は自分の意思で譲受企業との契約を結ぶかどうかを選ぶことができ、強制されることはありません。
例えば、譲渡元の会社で働いていた人が、譲渡先の会社で提示された労働条件に納得できない場合、転籍を断ることができます。
逆に、条件に同意した場合のみ新しい雇用契約を結ぶことになります。手続きとしては、転籍同意書を用意し、従業員一人ひとりと話し合いを進めることが一般的です。
事業譲渡による従業員の退職金
退職金の支給方法や、どちらの会社が負担するかによって従業員の不安やトラブルが起きやすくなります。
事業譲渡が行われると、従業員は元の会社との雇用契約が一度終了し、新しい会社と改めて雇用契約を結ぶ形になります。
このとき、勤続年数がリセットされる場合や、退職金の計算方法が変わることが多いです。
例えば、譲渡元で長く働いてきた従業員が、転籍により勤続年数がリセットされてしまうと、退職金の控除額が減り、最終的に手元に残る金額が減少します。
退職金の支払い方法には、譲渡元が一度精算して支払う方法と、譲受先が引き継ぐ方法の二つがあります。
支払い方法 | 詳細 |
---|---|
譲渡元が一度精算して支払う方法 | 譲渡元企業が事業譲渡時点で従業員に退職金を支払い、その後は譲受先の退職金規程が適用される |
譲受先が退職金を引き継ぐ方法 | 譲受先企業が譲渡元での勤続分も含めて退職金支払い義務を引き継ぎ、将来の退職時にまとめて支払う |
どちらを選ぶかで従業員の納得度や会社の資金計画が大きく変わります。
事業譲渡を検討する際は、退職金の精算方法や勤続年数の扱いについて、従業員に十分説明し、トラブルを未然に防ぐ準備が重要です。
事業譲渡時に従業員とのトラブルを防ぐための対策

事業譲渡を円滑に進めるために、従業員とのトラブルを未然に防ぐための「3つの対策」を紹介します。
従業員への丁寧で真摯な説明
事業譲渡時に従業員へ丁寧で真摯な説明を行うことがトラブル防止につながります。
経営側が誠実に説明しないと、従業員が不信感を持ち、離職や不満の拡大を招くことがあります。
そのため、事業譲渡が決まった時点で、譲渡元と譲受側が協力し、従業員一人一人に分かりやすく状況や今後の見通しを伝えましょう。
労働条件や転籍後の働き方についても、時間をかけて説明し、質問や不安に丁寧に対応することが重要です。
転籍同意書を用意し、納得したうえで同意を得る方法も有効です。
メンタル面のフォローと受け入れ体制の整備
事業譲渡時に従業員のメンタル面を丁寧にフォローし、受け入れ体制をしっかり整えることがトラブル防止において重要です。
不安を放置すると、離職やモチベーション低下につながりやすく、結果として事業の安定運営が難しくなります。
具体例として、メンタルヘルスケアの専門窓口を設けたり、上司が日常的に従業員の気持ちを確認する仕組みをつくる方法があります。
また、事業譲渡の内容や今後の働き方について丁寧に説明し、従業員が安心できる環境を用意することも大切です。
さらに、外部のカウンセラーや産業医と連携し、必要に応じて相談できる体制を整えると、従業員の不安がやわらぎやすくなります。
転籍同意書の取得と労働条件の明確化
事業譲渡では、転籍同意書の取得と労働条件の明確化がトラブル防止に重要です。
転籍同意書を使い、従業員に新しい会社での労働条件をしっかり説明し、納得してもらうことが大切です。
例えば、下記のような表で労働条件を整理し、説明すると分かりやすくなります。
労働条件項目 | 詳細 |
---|---|
勤務地 | 新しい会社の所在地 |
業務内容 | 具体的な仕事内容 |
勤務時間 | 始業・終業時刻、休憩など |
給与・賞与 | 支給額、支給日 |
退職金・有給休暇 | 承継の有無や計算方法 |
このように、事前に転籍同意書を取得し、労働条件を明確に伝えることで、従業員の不安や誤解を減らし、トラブルを防ぐことができます。
事業譲渡に関するよくある質問
以下では、事業譲渡に関してよく寄せられる代表的な質問とその答えをわかりやすくまとめました。
とくに初めて事業譲渡に関わる方や、従業員として不安を感じている方は、ぜひ参考にしてください。
- 事業譲渡には従業員の同意は必要ですか?
- 事業譲渡で従業員をクビにすることはできますか?
- 事業譲渡の際、従業員の有給休暇の取り扱いはどうなりますか?
事業譲渡には従業員の同意は必要ですか?
事業譲渡で従業員が新しい会社に転籍する場合、従業員一人ひとりの同意が必要です。
事業譲渡では今までの会社との雇用契約が一度終了し、新しい会社と改めて雇用契約を結ぶ必要があるからです。
法律(民法第625条)でも、従業員本人の承諾がなければ雇用契約を他の会社へ移すことはできないと決められています。
例えば、パン屋さんが事業譲渡をする場合、働いているスタッフは新しいオーナーの会社に移ることになります。
このとき、スタッフ全員が「新しい会社で働きたい」と同意しなければ、転籍はできません。同意がないと、スタッフは今の会社に残るか、退職することも選べます。
事業譲渡で従業員をクビにすることはできますか?
事業譲渡を理由に従業員をクビにすることは基本的にできません。
その理由として、日本の法律では、事業譲渡だけを理由にした解雇は認められていないからです。
従業員の雇用を守るため、会社側はまず解雇を回避する努力をしなければなりません。
例えば、事業譲渡の際に「希望退職」を募ることはできますが、従業員が自分から辞める意思を示さなければ、会社が一方的に解雇することはできません。
また、どうしても人員整理が必要な場合でも、「整理解雇」として合理的な理由や手順を満たさないと違法となります。
事業譲渡の際、従業員の有給休暇の取り扱いはどうなりますか?
事業譲渡の際には従業員の有給休暇がそのまま引き継がれるとは限りません。
事業譲渡の場合、従業員は新しい会社と新たに雇用契約を結ぶ必要があるため、これまでの有給休暇や勤続年数がリセットされてしまうケースが多いです。
ただし、従業員や会社の合意があれば、有給休暇を引き継ぐことも可能です。
まとめ
事業譲渡は、会社が事業の一部または全部を他社に売却することで、経営の立て直しや資金確保、事業継続などを目的とした重要な手段です。
従業員にとっては、雇用契約が自動的に引き継がれず、新しい会社と改めて雇用契約を結ぶ必要があるため、待遇や雇用条件が変わる可能性があります。
今回紹介した内容を参考に、以下の具体的な行動を実践してください。
- 従業員への早期かつ透明性のある情報開示を行い、不安や憶測を最小限に抑える
- 転籍同意書の準備と労働条件の詳細な説明資料を作成する
- メンタルヘルスケア体制を整備し、専門窓口や相談体制を構築する
- 退職金の精算方法について事前に方針を決定し、従業員に明確に伝える
- 譲受企業との連携を密にし、従業員の受け入れ体制を万全に整える
後継者問題・事業承継は日本プロ経営者協会にご相談ください
事業譲渡は従業員にとって大きな環境変化をもたらし、雇用や労働条件に関する不安を抱える方も少なくありません。
適切な事業承継を実現するためには、専門的な知識と経験を持つプロフェッショナルのサポートが不可欠です。
一般社団法人日本プロ経営者協会(JPCA)は、後継者問題や事業承継に悩む企業オーナー様をサポートするために設立されました。
JPCAは、プロ経営者の輩出とマッチングを通じて、企業の成長と持続的な発展を支援しています。
JPCAでは、経営人材の紹介やサーチファンド機能、経営コーチング、専門家ネットワークによる総合的な支援体制を整えており、後継者選定から資本の承継、経営改善までワンストップでご相談いただけます。
事業承継や後継者問題でお悩みの方は、ぜひ一度日本プロ経営者協会までご相談ください。