「事業譲渡の手続き方法は?」
「完了するまでにどれくらいの期間や準備が必要なの?」
事業譲渡が完了するまでには、短くて3ヶ月、長ければ1年程度の期間が必要となります。
単に契約書へサインして終わるわけではなく、買い手探しから始まり、デューデリジェンス(買収監査)、株主総会の特別決議といった法務手続きなど、慎重に段階を踏まなければなりません。
さらに、従業員の雇用や取引先との契約、許認可などを個別に結び直す膨大な作業も発生するため、全体の流れを把握してスケジュールに余裕を持たせることが不可欠です。
今回は、「事業譲渡の具体的な手続きと流れ」や「各フェーズで必須となる対応」について詳しく解説していきます。
事業譲渡をスムーズに進めたい方は、ぜひ本記事を参考にしてください。
監修者

日本プロ経営者協会 会長
小野 俊法
経歴
慶應義塾大学 経済学部 卒業
一兆円以上を運用する不動産ファンド運用会社にて1人で約400億円程度の運用を担い独立、海外にてファンドマネジメント・セキュリティプリンティング会社を設立(後に2社売却)。
その後M&Aアドバイザリー業務経験を経てバイアウトファンドであるACAに入社。
その後スピンアウトした会社含めファンドでの中小企業投資及び個人の中小企業投資延べ16年程度を経てマラトンキャピタルパートナーズ㈱を設立、中小企業の事業承継に係る投資を行っている。
投資の現場経験やM&Aアドバイザー経営者との関わりの中で、プロ経営者を輩出する仕組みの必要性を感じ、当協会設立に至る。
事業譲渡とは「事業の一部または全部を渡す」こと

事業譲渡とは、会社そのものを手放す(株式を譲渡する)のではなく、運営している事業の「全部」または「特定の部門(一部)」を他社へ譲り渡す手法のことです。
会社という法人格を残したまま、不採算部門の整理や得意分野への資源集中など、経営の目的に合わせた柔軟な戦略を実現できます。
例えば、飲食店とアパレル店を展開している企業が、アパレル事業の店舗や在庫、スタッフだけを売却し、飲食事業はこれまで通り自社で継続するようなケースが該当します。
このように、目的の事業だけをピンポイントで選んで売買できる自由度の高さが、事業譲渡における最大の特徴です。
事業譲渡の定義と特徴
改めて定義を確認すると、事業譲渡とは「一定の営業目的のために組織化された財産」を特定の相手に譲り渡す取引を指します。
単に余っている機械や在庫を売るだけの取引とは異なり、ノウハウや顧客リスト、取引先との関係性といった「利益を生み出す仕組み」ごと引き継ぐ必要があるからです。
具体的には、工場という建物を売るだけなら単なる不動産売買ですが、その工場で働く熟練の従業員や、独自の製造技術、長年付き合いのある仕入先とのネットワークまで含めて売却する場合は事業譲渡に当たります。
このように、目に見えるモノだけでなく、目に見えない無形資産も含めてビジネスの仕組み全体を引き継ぐ点が、事業譲渡の重要な定義となります。
手続きの全体フローと標準的な期間(スケジュール)
事業譲渡の手続きが完了するまでには、一般的に短くて3ヶ月、長ければ半年から1年程度の期間が必要です。
その理由は、単に契約書にサインして終わるわけではなく、買い手探しから始まり、会社の資産価値の算定、細かな条件交渉、従業員や取引先からの個別の同意取得など、膨大な手順を踏む必要があるからです。
具体的なスケジュールとしては、以下のような流れで進んでいきます。
- 検討・準備と相手探し(1〜3ヶ月程度)
- トップ面談と基本合意の締結(1ヶ月程度)
- デューデリジェンス(買収監査)の実施(1〜2ヶ月程度)
- 最終契約の締結と各種手続き(1ヶ月程度)
- クロージング(決済・引き渡し)(1ヶ月程度)
したがって、事業譲渡は段階を踏んで慎重に進めなければならないため、あらかじめ半年以上の十分な期間を見込んでスケジュールを立てておくことが大切です。
株式譲渡・会社分割との違い
事業譲渡と並んでよく比較される手法に「株式譲渡」と「会社分割」がありますが、引き継ぐ対象と手続きの仕組みが異なります。
事業譲渡が特定の「事業の資産や負債」を個別に選んで売買するのに対し、株式譲渡は「会社の経営権(株式)そのもの」を丸ごと譲り渡し、会社分割は「会社の事業を切り出して別の会社に包括的に承継させる」仕組みだからです。
それぞれの主な違いは、以下です。
| 項目 | 事業譲渡 | 株式譲渡 | 会社分割 |
| 対象 | 選んだ特定の事業・資産 | 会社そのもの(株式) | 切り出した事業部門 |
|---|---|---|---|
| 権利義務の引き継ぎ | 個別の同意・契約の結び直しが必要 | そのまま引き継がれる | 包括的に引き継がれる(同意不要) |
| 手続きの煩雑さ | 手間がかかる | 比較的スムーズ | 法的手続きが複雑 |
このように、事業譲渡は不要な負債を引き継がないように自由に選別できるメリットがある反面、個別の手続きに手間がかかるという違いを理解しておく必要があります。
事業譲渡を選択するメリット・デメリット
事業譲渡には、売り手と買い手の双方にとって魅力的なメリットがある反面、実務上の大きな負担となるデメリットも存在します。
以下では、譲渡側と譲受側のそれぞれの視点から、事業譲渡を選択する前に必ず知っておくべき利点と注意点を詳しく解説していきます。
売り手(譲渡側)のメリット・デメリット
売り手にとっての事業譲渡のメリットは、会社を残したまま手元に資金を残せることですが、デメリットとして手続きの煩雑さや税金の負担が挙げられます。
その理由は、不採算部門だけを切り離して売却利益を会社の口座で受け取れる一方で、個別の同意取得に手間がかかり、売却益に対して法人税などが課税されるからです。
- 会社そのものは存続させることができる。
- 特定の事業だけを選んで手放すことができる。
- 売却して得た利益を、残った事業の資金に充てられる。
- 従業員や取引先から個別に同意を取り直す必要がある。
- 売却益に対して法人税等の税金(約30%)がかかる。
- 競業避止義務(同じ事業を一定期間行ってはいけないルール)が発生する。
したがって、売り手は会社を存続させつつ事業の選択と集中を行えるというメリットと、税負担や手続きの手間というデメリットを天秤にかけて検討することが重要です。
買い手(譲受側)のメリット・デメリット
買い手にとっての事業譲渡のメリットは、欲しい資産だけを選んで隠れ借金などのリスクを回避できることですが、デメリットは買収手続きや名義変更に多大な手間がかかることです。
会社丸ごとの買収と違って引き継ぐ対象を細かく指定できるため、簿外債務(帳簿に載っていない借金)を背負うリスクを遮断できる一方で、契約をすべて一から結び直さなければならないからです。
- 必要な事業や資産だけを選んで買収できる。
- 不要な負債や簿外債務を引き継ぐリスクを回避できる。
- のれん代(買収金額と純資産の差額)を税務上損金算入でき、節税効果がある。
- 従業員の雇用契約や取引先との契約をすべて結び直す必要がある。
- 許認可を引き継げないため、新規で取り直す必要がある。
- 買収資金として多額の現金を用意しなければならない場合が多い。
買い手はリスクを最小限に抑えて欲しい事業だけを手に入れられる安全性が高い反面、実務上の負担が非常に大きくなる点に注意が必要です。
事業譲渡の具体的な手続きと流れ
事業譲渡の具体的な手続きと流れは以下の通りです。
- ①検討・準備フェーズ(譲渡対象の選定・バリュエーション)
- ②相手先選定・交渉フェーズ(M&A仲介・秘密保持契約)
- ③基本合意とデューデリジェンス(買収監査)
- ④最終契約(事業譲渡契約書)の締結
- ⑤クロージング(決済・引き渡し)とPMI
全体のステップをあらかじめ把握しておくことで、複雑な実務作業もスムーズに進めることが可能です。
それでは上記の手続きと流れについてそれぞれ解説していきます。
①検討・準備フェーズ(譲渡対象の選定・バリュエーション)
事業譲渡を進めるにあたって、最初のステップは「何をいくらで売るか(買うか)」を具体的に決める検討・準備フェーズです。
その理由は、事業のどの部分を切り離すのかを明確にし、その事業にどれくらいの価値があるのか(バリュエーション)を算定しておかなければ、適切な相手探しや交渉ができないからです。
例えば、「関東の3店舗の営業権と設備、スタッフ」というように対象範囲を明確にし、専門家に依頼して将来の収益力や現在の資産価値をもとに希望価格を算出します。
- 譲渡する事業の範囲(資産、負債、従業員など)をリストアップする。
- 企業価値評価(バリュエーション)を行い、目安となる価格を計算する。
- 自社の強みや弱みを整理し、相手にアピールする資料の基礎を作る。
このように、初期段階で対象と価値を正確に見極めることが、後々のスムーズな交渉に向けた最も重要な土台となります。
②相手先選定・交渉フェーズ(M&A仲介・秘密保持契約)
準備が整ったら、次は条件に合う相手を探し、情報漏洩に気をつけながら交渉を進めるフェーズに入ります。
自力で理想の相手を見つけるのは非常に困難であり、また事業譲渡の事実が外部に漏れると従業員や取引先に不安を与えてしまう危険があるからです。
具体的には、以下のような手順を踏んで相手探しを行います。
- M&A仲介会社や専門のアドバイザーに相談し、相手探しを依頼する。
- 名前を伏せた匿名の資料(ノンネームシート)で興味を持つ相手を探す。
- 交渉に進む相手が見つかったら、お互いに秘密保持契約(NDA)を締結する。
- 詳細な情報を開示し、経営者同士のトップ面談を実施する。
このように、専門家の力を借りながら秘密を厳守し、お互いの希望条件をすり合わせていくことが重要です。
③基本合意とデューデリジェンス(買収監査)
交渉を通じておおよその条件がまとまったら、基本合意を結び、その後買い手側が売り手側の事業を詳細に調査するデューデリジェンス(買収監査)へと進みます。
基本合意で交渉の独占権などを約束した上で、売り手から提供された情報に嘘や隠れたリスク(法的な問題や未払い残業代など)がないかを、買い手側が専門家を使って徹底的に確認する必要があるからです。
このフェーズでは、主に次のようなことが行われます。
- 現時点での譲渡価格やスケジュールなどを記載した基本合意書を締結する。
- 買い手側が弁護士や公認会計士を雇い、法務・財務・税務などのデューデリジェンスを実施する。
- 売り手側は、求められた膨大な資料を提出し、質問に誠実に回答する。
したがって、デューデリジェンスで致命的な問題が見つからなければ、いよいよ最終的な契約に向けた詳細な条件調整へ進むことができます。
④最終契約(事業譲渡契約書)の締結
買収監査(デューデリジェンス)の結果に問題がなければ、最終的な交渉を行い、「事業譲渡契約書」を締結して正式に合意します。
ここまでの調査結果を踏まえて譲渡価格の最終調整を行い、引き継ぐ資産の明細や、万が一トラブルが起きた際の責任の所在などを法的に明確にしておく必要があるからです。
事業譲渡契約書には、主に以下のような重要な項目が記載されます。
- 譲渡する具体的な事業の内容と、譲渡価格・支払い方法。
- 引き継ぐ資産・負債のリスト(従業員の処遇や契約の引き継ぎ方法)。
- 売り手が「申告内容に嘘がないこと」を保証する表明保証条項。
- 売り手が同じ事業を行わないことを約束する競業避止義務の取り決め。
このように、事業譲渡契約書は両者の権利と義務を確定させる重要な書類であるため、弁護士などの専門家に確認してもらった上で締結することが重要です。
⑤クロージング(決済・引き渡し)とPMI
契約を締結した後は、実際に代金の支払いや資産の引き渡しを行う「クロージング」と、事業を統合していく「PMI(経営統合プロセス)」を行います。
契約を結んだだけでは事業は移転しておらず、個別の名義変更やお金のやり取りを完了させ、その後買い手の会社の中で事業がスムーズに回るように体制を整える必要があるからです。
具体的には、以下のような作業を計画的に進めます。
- 譲渡代金の決済(銀行振り込みなど)を行う。
- 店舗、設備、在庫などの物理的な引き渡しや、名義変更の手続きを行う。
- 従業員の転籍手続きや、取引先への挨拶回りを行う。
- PMIとして、業務システムや社内ルールの統合、従業員の融和を図る。
したがって、事業譲渡はクロージングをして終わりではなく、その後のPMIを成功させて初めて、買い手は買収した事業から期待通りの効果を得ることができると言えます。
事業譲渡で必須となる法務手続き・必要書類

事業譲渡を法的に正しく成立させるためには、会社法などで定められた厳格な手続きや必要書類の準備が欠かせません。
事業の売買が株主や債権者といった会社を取り巻く人々の利益に大きな影響を与えるため、彼らの権利を守るルールが法律で細かく決められているからです。
たとえば、規模の大きな譲渡であれば株主総会の特別決議が必要になり、反対する株主への対応も求められます。
手続きに不備があると譲渡が無効になるリスクもあるため、以下で解説する法務手続きの要点をしっかりと押さえておきましょう。
取締役会決議と株主総会の特別決議
事業譲渡を行う際、会社の規模や譲渡する事業の重要度によっては、取締役会の決議だけでなく「株主総会の特別決議」という厳格な手続きが必要になります。
なぜなら、会社の重要な事業を売却したり買収したりすることは、会社の価値を大きく変え、株主の利益に直結する重要な決定だからです。
会社法では、以下のようなケースで株主総会の特別決議(議決権の3分の2以上の賛成)が求められます。
- 売り手側: 事業の全部、または「重要な一部」を譲渡する場合。
- 買い手側: 他社の事業の「全部」を譲り受ける場合。
このように、事業譲渡は経営者の独断で進められるものではなく、会社の持ち主である株主の承認を得なければならない法務手続きであることを理解しておく必要があります。
特別決議が不要なケース(簡易事業譲渡・略式事業譲渡)
原則として株主総会の特別決議が必要な事業譲渡ですが、一定の条件を満たす場合は、取締役会の決議だけで済ませられる「簡易事業譲渡」や「略式事業譲渡」という例外があります。
会社にとって影響が非常に小さい小規模な譲渡や、すでに親会社と子会社のような強い支配関係がある場合には、わざわざ株主総会を開く手間やコストを省くためです。
具体的には、次のような条件を満たすと特別決議を省略できます。
- 簡易事業譲渡: 売り手が譲渡する事業の資産額が、自社の総資産の20%以下である場合(影響が小さい)
- 略式事業譲渡: 相手側の会社が、自社の株式の90%以上を保有している「特別支配会社」である場合(すでに支配されている)
このように、規模が小さい取引やグループ企業間の取引であれば手続きを簡略化できるため、自社のケースが当てはまるかどうかを事前に確認するとスムーズに進められます。
反対株主の株式買取請求権への対応
事業譲渡に関して株主総会を開く際、事業譲渡に反対する株主が現れた場合には、会社はその株主から株式を適正な価格で買い取らなければならない「株式買取請求権」への対応が必要です。
事業譲渡は会社の姿を根本から変えてしまう可能性があるため、納得できない株主に対して、投じた資金を回収して会社から離脱する機会を法律で保障しているからです。
会社側は、次のような手順で対応しなければなりません。
- 事業譲渡を行う効力発生日の20日前までに、株主に対して事業譲渡を行う旨を通知または公告する。
- 反対する株主は、総会に先立って反対の意思を通知し、総会でも反対票を投じる。
- 反対株主から買い取り請求があった場合、会社は協議の上、公正な価格で株式を買い取る手続きを行う。
反対株主の権利を無視して手続きを進めることはできず、資金準備も含めて事前の慎重な対応が求められます。
債権者保護手続きと個別の同意取得
会社分割などの手続きでは法律で定められた「債権者保護手続き」が必要ですが、事業譲渡においては原則としてこの一律の手続きは不要であり、代わりに「取引先や債権者からの個別の同意」を取得する必要があります。
事業譲渡では負債などの引き継ぎ対象を自由に選ぶため、契約をそのまま自動的に引き継ぐことはできず、関係者一人ひとりから個別に「契約先が変わること」への承諾をもらわなければならないからです。
具体的には、次のような対応が必要になります。
- 取引先に対して事業譲渡の事実を説明し、契約関係を新会社(買い手)に引き継ぐことの同意書をもらう。
- もし借入金などの債務(借金)を買い手に引き継いでもらう場合は、貸し手である銀行などの債権者から個別に同意を得る。
このように、一括でお知らせをする債権者保護手続きがない代わりに、引き継ぎたい取引先すべてから個別にハンコをもらって回るような地道な労力が必要になるのが事業譲渡の大きな特徴です。
公正取引委員会への届出(独占禁止法)
一定の規模以上の大きな会社が事業譲渡によって他の事業を買い取る場合、独占禁止法に基づく「公正取引委員会への届出」が必要になるケースがあります。
なぜなら、大企業が次々と事業を買収して市場を独占してしまうと、自由な競争が妨げられ、結果的に消費者が不利益を被ることを防ぐためです。
届出が必要となるのは、主に以下のような基準を満たす場合です。
- 買い手側(譲受会社)のグループ全体の国内売上高が、合計200億円を超えていること。
- 譲り受ける対象となる事業の国内売上高が、30億円を超えていること。
- 上記の条件を満たした場合、事業譲渡を実行する30日前までに公正取引委員会に届出書を提出しなければならない。
したがって、小規模な中小企業同士の事業譲渡であれば気にする必要はほとんどありませんが、中堅以上の規模の企業が関わる場合は、スケジュールに届出の期間を組み込んでおく必要があります。
銀行・金融機関への承諾と経営者保証の扱い
事業譲渡において、売り手企業が銀行から借入を行っている場合、その借入金をどのように処理するのか、そして経営者個人の連帯保証(経営者保証)をどう外すのかが問題となります。
借金(債務)を買い手に引き継いでもらうには銀行の厳しい審査と承諾が不可欠であり、また経営者保証を外せなければ、事業を売った後も社長個人が借金の返済リスクを背負い続けることになってしまうからです。
- 買い手が債務を引き継ぐ場合(免責的債務引受): 銀行の同意を得た上で買い手が借金を引き継ぎ、同時に売り手の経営者保証も解除してもらう交渉を行う。
- 譲渡代金で一括返済する場合: 事業を売却して得たお金を使って、売り手企業が銀行への借入金を全額返し、経営者保証を消滅させる。
このように、金融機関への根回しや同意取得は手続きの終盤でつまずきやすいポイントであるため、早い段階から相談し、経営者保証の解除に向けた道筋をつけておくことが重要です。
事業譲渡における「従業員」「許認可」「契約」の引き継ぎ

事業譲渡を行う際は、単に資産や売上を引き継ぐだけではなく、「従業員」「許認可」「契約」といった重要な要素をどのように承継するかが大きなポイントになります。
これらは自動的に移転するものではなく、それぞれに個別の手続きや同意、再申請が必要となるケースが多いため、事前の整理と慎重な対応が欠かせません。
以下に、事業譲渡における「従業員」「許認可」「契約」の引き継ぎについて、基本的な考え方と実務上の注意点をわかりやすく解説します。
従業員の転籍と再雇用手続き(同意書の取得)
事業譲渡では、従業員の雇用契約が自動的に買い手企業へ引き継がれることはないため、従業員一人ひとりから個別に「転籍」への同意を得て、新しく雇用契約を結び直す必要があります。
なぜなら、事業譲渡はあくまで「資産の個別の売買」であるため、働く場所や会社が変わるという労働者にとっての重大な変更を、会社側の都合だけで強制することは法律上できないからです。
具体的な手続きの流れとしては、以下のようになります。
- 売り手企業と買い手企業の間で、従業員の給与や待遇(勤続年数の引き継ぎなど)の条件をすり合わせる。
- 対象となる従業員に事業譲渡の事実を説明し、買い手企業への転籍に納得してもらう。
- 従業員から個別に「転籍同意書」を取得し、売り手企業を退職した上で、買い手企業と新たな雇用契約書を取り交わす。
このように、従業員が待遇の悪化や将来への不安を感じて同意を拒否し、優秀な人材が辞めてしまうリスクがあるため、誠実で丁寧な説明と労働条件の配慮が欠かせません。
参考:企業組織の再編(会社分割等)に伴う労使関係(労働契約の承継等)について|厚生労働省
許認可の取り直しと名義変更
飲食店営業許可や建設業許可、宅地建物取引業の免許など、事業を行うために必要な「許認可」は、事業譲渡によって買い手企業へそのまま引き継ぐことはできず、原則として新規で取り直す必要があります。
国や自治体が発行する許認可は「その会社(または人)が要件を満たしているか」を個別に審査して与えられるものであり、事業の持ち主が変われば、改めて新しい持ち主に対して審査をやり直す必要があるからです。
許認可の引き継ぎに関しては、次のような対応と注意点があります。
- 買い手企業は、引き継ぐ事業に必要な許認可の要件(有資格者の配置や資金要件など)を自社で満たせるか事前に確認する。
- クロージングのタイミングに合わせて、売り手企業が「廃業届」を出し、買い手企業が「新規申請」を行う。
- 申請から許可が下りるまでに空白期間(営業できない期間)が生じないよう、事前に行政機関に相談してスケジュールを綿密に調整する。
したがって、許認可が取れなければ買収した事業を運営できなくなってしまうため、デューデリジェンスの段階で新規取得が可能かどうかを見極めることが重要です。
取引先との契約等の承継
仕入先や販売先、店舗の賃貸借契約、リース契約など、事業に紐づくあらゆる契約関係も自動的には引き継がれないため、取引先ごとに個別に説明を行い、契約を結び直すか、名義変更の手続きを行う必要があります。
なぜなら、取引先にとっても「誰と取引をするか」は信用の問題であり、勝手に契約の相手方(買い手企業)を変更されることは、契約違反に該当する可能性が高いからです。
スムーズに契約を引き継ぐためには、以下のような手順が必要です。
- 引き継ぎたい取引先や契約(賃貸借、リース、業務委託など)のリストを作成する。
- 重要な取引先(大家さんや主要な仕入先など)には、売り手と買い手で一緒に挨拶に行き、事業譲渡の趣旨を説明する。
- 取引先から「契約の承継に対する同意書」をもらうか、新しく契約書を締結し直す。
このように、家主が店舗の賃貸契約の引き継ぎを拒否したり、仕入先から取引条件の変更を要求されたりするリスクがあるため、時間をかけて丁寧に取引先の理解を得ることが大切です。
事業譲渡を成功させるための注意点

事業譲渡を成功させるための注意点は、以下の通りです。
- 準備は早めに行う
- 売り手の競業避止義務に注意する
- 表明保証条項などでリスクヘッジする
それぞれの注意点について解説していきます。
準備は早めに行う
事業譲渡を検討し始めたら、とにかく早い段階から情報を整理し、専門家に相談するなどの準備を始めることが重要です。
事業譲渡は買い手探しに時間がかかるだけでなく、従業員や取引先からの個別同意の取得、許認可の取り直しなど、他のM&A手法と比べても実務的な作業量が圧倒的に多く、想定以上に時間がかかるからです。
具体的には、次のような準備を早急に進めるべきでしょう。
- 譲渡したい事業の財務状況や契約書の内容を正確に把握し、リスト化しておく。
- 自社の事業の強みや魅力を客観的に説明できる資料(事業計画や実績)をまとめる。
- 自社だけで進めず、早い段階からM&A仲介会社などの専門家に相談してスケジュールを立てる。
このように、「いつか売りたい」ではなく「いつまでに売りたい」という明確な期限を設け、半年から1年以上の余裕を持ったスケジュールで計画的に行動することが、好条件での譲渡に繋がります。
売り手の競業避止義務に注意する
事業譲渡によって事業を売却した売り手企業には、法律上「競業避止義務(きょうぎょうひしぎむ)」が課せられるため、同じ地域で同じような事業を新しく立ち上げることが一定期間禁止される点に注意が必要です。
なぜなら、買い手が高いお金を払って事業と顧客を引き継いだにもかかわらず、売り手がすぐ近くで同じ商売を始めて顧客を奪い返してしまっては、買い手にとって事業を買収した意味がなくなってしまうからです。
会社法では、このルールについて以下のように定めています。
したがって、売り手側は売却後にどのような新規事業を展開する予定なのかを事前にしっかりと考え、必要であれば交渉段階で競業避止義務の免除や緩和を契約に盛り込むことが重要です。
表明保証条項などでリスクヘッジする
買い手にとって、事業譲渡で最も怖いのは「買収後に聞いていなかった問題が発覚すること」であるため、契約書に「表明保証条項」を盛り込んでリスクヘッジすることが必要です。
いくらデューデリジェンス(買収監査)で調査をしたとしても、隠された未払い残業代や、取引先との口約束によるトラブルなど、外部からは見抜けないリスクが後から表面化する可能性がゼロではないからです。
表明保証条項とは、売り手が買い手に対して「提示した情報に嘘偽りがないこと」を約束するもので、次のように機能します。
- 売り手は「開示した財務諸表は正確である」「法律違反や隠れた負債はない」と契約書上で保証する。
- もし買収後に、売り手が保証した内容が嘘だった(違反していた)ことが判明した場合、買い手は契約の解除や損害賠償を請求できる。
このように、表明保証条項は買い手を守るための保険となるため、弁護士と相談しながら、懸念されるリスクを漏らさず契約書に記載することがトラブル防止の要となります。
事業譲渡の成功事例
実際に、事業譲渡によって課題解決や成長を遂げた分かりやすい事例を以下の表にまとめました。
| 譲渡企業(売り手) | 譲受企業(買い手) | 対象の事業 | 成功の理由とポイント |
| NEC | ENEOS | EV充電器サービス事業 | 売り手は事業の選択と集中を進め、買い手は自社のインフラ網を活かして新領域を拡大したためです。 |
|---|---|---|---|
| 株式会社ミチ | 丸井織物株式会社 | ネイルチップECサイト事業 | 売り手は別事業へ経営資源を集中でき、買い手は販路拡大により短期間で利益率を大幅に改善させました。 |
| ブイキューブ | エルモ | 電子黒板などの教育関連事業 | 自社単独での発展が難しい事業を手放し、教育分野に強い企業へ引き継ぐことで事業成長を実現しています。 |
売り手は、事業を手放すことで本当に注力すべき別事業へ経営資源を集中させ、自社の成長基盤を固めています。
買い手は、自社が持つインフラや販路といった強みを掛け合わせることで、譲り受けた事業を大きく飛躍させました。
双方の強みを活かし、一社単独では難しかった事業の成長を実現させることが、事業譲渡を成功に導く最大のポイントです。
事業譲渡の手続きに関する質問集
事業譲渡の手続きを行う際によくある質問をまとめました。
事業譲渡の手続きで会社法上の注意点は?
事業譲渡の手続きでは、会社法上の「株主総会の特別決議が必要になる場面」と「競業避止義務」に特に注意することが大切です。
なぜなら、事業の全部や重要な一部を譲渡する場合には、会社法467条・309条により株主総会の特別決議が求められ、これを漏らすと無効や株主からの紛争につながる可能性があるからです。
また、譲渡後に元の会社が同じような事業を始めると、会社法21条の競業避止義務違反としてトラブルになるおそれがあります。
したがって、事業譲渡の手続きで悩む場合は、まず自社の譲渡範囲と規模が会社法467条・468条に該当するかを確認し、株主総会の特別決議と競業避止義務への対応を押さえたうえで進めることが重要です。
事業譲渡契約書のひな形はありますか?
事業譲渡契約書のひな形は、インターネット上で無料テンプレートを入手できますが、そのまま使うのではなく、自社の状況に合わせて必ず修正することが大切です。
事業譲渡は「どの事業を」「どの資産と負債ごと」「いくらで」渡すかといった内容を細かく決める必要があり、ひな形のままだと実際の取引とズレが生じやすいからです。
経済産業省が公表している事業譲渡契約書サンプルを参考にしつつ、自社の事業内容や従業員・取引先との契約状況、株主総会決議や許認可の要否などを洗い出し、必要な条項を追加・修正していきます。
ひな形を使う際は、「今回の取引で本当に移転したい資産や契約が全て書かれているか」「逆に移したくないものが含まれていないか」をチェックし、不安があれば弁護士など専門家に確認してもらうと安心です。
事業譲渡の3要件は?
法律上の「事業譲渡」として扱われるには、判例で示された3つの要件を満たさなければなりません。
| 要件 | 詳細 |
| 1. 財産を有機的一体として譲渡します | ノウハウや顧客情報など、ビジネスとして機能する財産を引き渡す状態です。 |
|---|---|
| 2. 買い手側が営業活動を引き継ぎます | 売り手が行っていた事業活動を、買い手がそのまま継続するわけです。 |
| 3. 売り手側が競業避止義務を負わなければなりません | 売り手側が一定期間、同じビジネスを禁止される法的な義務を負担するためです。 |
たとえば、店舗の建物だけを売る場合はただの売買にすぎません。
しかし、建物に加えて従業員や独自のレシピなども一緒に譲り、買い手がそのまま営業を続ける場合は、上記の条件に当てはまります。
したがって、これら3要件すべてを満たす取引は事業譲渡にあたり、会社法上の正式な手続きが必要になります。
ご自身のケースがこの3要件に該当するかどうか、ぜひ確認してみてください。
後継者問題・事業承継は日本プロ経営者協会にご相談ください
事業譲渡をはじめとする事業承継の進め方や、後継者不足による将来への不安を感じておられませんか?
日本プロ経営者協会は、国内最大級のプロ経営者ネットワークを活用して、中小企業の事業承継や経営統合の課題解決に豊富な実績を持つ組織です。
事業譲渡には、個別の同意取得や許認可の取り直しなど、非常に煩雑な手続きと長い期間が必要です。
当協会では、経験豊富なプロ経営者が、事業譲渡の準備からクロージング後の経営統合(PMI)まで、幅広いソリューションを提供いたします。
親族内承継から第三者への事業譲渡(M&A)まであらゆる承継パターンに対応し、複雑な法務手続きや行政対応、事業引き継ぎ後の経営方針策定まで一貫してサポートいたします。
事業譲渡をスムーズに成功させたい方、後継者問題でお悩みの方は、ぜひ一度日本プロ経営者協会までご相談ください。

| 日本プロ経営者協会の概要 | |
|---|---|
| 名称 | 一般社団法人日本プロ経営者協会 |
| 設立日 | 2019年7月 |
| 活動内容 | プロ経営者によるセミナーの開催 企業への経営者の紹介 経営者に関する調査・研究 書籍の出版 |
| 代表理事 | 堀江 大介 |
| 所在地 | 東京都千代田区丸の内1-6-2 新丸の内センタービルディング21階 |
| URL | https://www.proceo.jp/ |
まとめ
事業譲渡を成功させるためには、株式譲渡など他の手法との違いやメリット・デメリットを正しく理解する必要があります。
数ヶ月から1年に及ぶ手続きの流れや法務上の注意点をしっかりと把握しておくことが大切です。
今回紹介した各フェーズの具体的な手順や、従業員の同意取得・許認可の取り直しといった実務上のポイントを押さえ、早いうちから専門家に相談して計画的に準備を進めましょう。
事業譲渡は実務的な手続きや労力がかかる一方で、自社の課題解決やさらなる飛躍に繋がる選択肢ですので、余裕を持ったスケジュールを組み、自信を持って交渉に臨んでください。
